社長のコラム(2017年9月)
2006年から、雨の日も、風の日も、ずっと、書き続けています。
- どんなに筋トレをして鍛えても、抱えきれる荷物の量は限られている。ついつい、困っている人がいたら、もうこれ以上持ちきれないのに、その人の荷物を半分抱えてあげようとしてしまう心優しい人へ言いたい。困っている人がどうなったとしても、その荷物を、引き受けるべきではない。当たり前だけが自分自身が潰れてしまうからだ。そうなってからでは手遅れになる。他の誰もその人を助ける事は出来ないのだろうか?その答えはNOである事が多い。やらなければ、きっと、誰かがその役目を果たす。そんな人はいつも誰かに頼られている。多くの人は自己中心的な考え方をしていて、自分や自分の身近な人が助かったらそれでよいと思っているものだ。いかに、自分だけを大切にしたもの勝ちのようだ。困っている人を助けるななんて文章を書いていると、私自身が嫌な奴に見えてくるが、どうか誤解しないで欲しい。本当に困っているのは、人の悩みや辛さというものを抱えてしまう人である事を知った上で話している。そして、追加するとしたら、たとえ余裕があったとしても引き受けて良い訳ではない事。ここぞという時にこそ、その力を使おう。(9/30)
- ほとんどの企業のスタッフの使命として、自社の魅力を世に広める事が上げられる。勿論、個人の売上も大切だが、この広報活動を行う事によって中長期のスパンで響いてくる。その為には、自社を理解する事であり、当然、自社の経営理念やコンセプトくらいは十分に理解しておく必要がある。私は社長として何をスタッフに伝えていくべきなのかというと、自社の魅力、理念、コンセプトなどであり、規定や商品知識よりも優先される。弊社のスタッフが全員、自社を理解してそれを心から広めていくなら繁盛するだろう。特に内容には自信があるものの知名度がない事を弱点とする弊社としては適している。また、売上を上げるだけの為にそれを行う訳ではない。ユーザーとのマッチングの為でもある。弊社がハッキリとお客様にわかるように、弊社らしさを伝える事で、弊社を選んでくれる人を選んでくれない人に分かれる。選んでくれる人にとっては満足度が高く、他社では満足されない方である可能性が高い。お互いに相性があっているストレスが少ない良好な関係が形成される。私はマーケットにあわせるのではなく、自社の行く道を進むべきだと考える。(9/27)
- 弊社が行っている事業は、来店型保険ショップとカフェであり、世の中にたくさんある。2000年に保険ショップの1号店をスタートした時には、まだ、今の様に普及してなくて、保険の相談をする為にお店に行くという考え方がない時代であった。当然、ご来店いただける方が少なく苦戦...。今は来店型保険ショップが盛んにCMをやったり、店舗数も急増したために、あまり珍しくもない。今では、たくさんある保険ショップのひとつ程度にしか見られていないだろう。しかし、弊社が営む保険ショップでは他店とは店構えを見ただけでも大違いである事がわかる。保険ショップと言えば、保険会社のぬいぐるみやパンフレットが立ち並んでいるが当店には一切そういうものが置かれていない。他店と同様にそういう店舗にした方が、集客力がアップするのだろうけど、このこだわりは持ち続けたい。1年前にはじめたカフェも同様にこだわりを持っている。椅子が無くて、コーヒー自体も全商品エスプレッソベースである。どちらも、業種としてではなく、スタイルが独自性があり、ニッチな顧客選びを行っている。弊社の魅力を知ってくれている人はこのスタイルで無ければならない!(9/24)
- 外を歩く気分になれる丁度いい気温。今、そんな気持ちよい季節のど真ん中!台風さえなければ一年を通じて最も過ごしやすいのではないかと思う。秋刀魚が美味しい季節でもあるので、秋刀魚の塩焼きが食べれるお店を探しても中々見つからず、今年はまだ秋刀魚の塩焼きをあまり食べれてない。秋刀魚に限らず、焼き魚料理を食べたいと思っている今こそ、私のラーメン中毒が少しは緩和される事を期待している。そして、この季節にしか出来ない事をやっておかないと後悔するから、秋らしさを満喫しておかなければ!食欲の秋でもあるが、秋と言えば眠くなりやすい季節と思ってネットで調べてみると、自律神経の乱れなどが原因であると書かれていた。症状や環境などが私にピタリと当てはまっている。これ一つでこんなに楽になり、仕事の効率などを含めてよくなるのであれば、自律神経プロジェクト的に何かやるべきだ!これまで、あまり考えなかった自立神経についてもう少し調べて、出来る事からはじめていきたい。こうして、問題の原因がわかることは幸せな事であり、やっと、改善して前に進むことが出来る。(9/20)
- 本社がある佐世保市で今日と明日、開催されるはずだったアメリカンフェスティバル(アメフェス)が台風18号の接近の為に中止になった。楽しみにしていた人々にとってガッカリだったのは言うまでもない。延期ではなく中止なので、今年は開催されないという事だ!そういう私もガッカリしている一人である。弊社は丁度その会場の側にあり、保険ショップにカフェを併設している事もあり、この日は稼ぎ時のはずだったのだが、何と言っても台風が近づいている訳だから、いつも以上に売上が上がらない事はほぼ確定である。天候ひとつで天国から地獄!こんな時、天候デリバティブで対策をうっていたら損失がある程度は埋まるのだろうな!現在、夜の10時を過ぎた頃であるが、佐世保市からはそれる可能性が高くなってきた様だ!最悪の事を考えたら中止にするしかなかったのだろうから仕方がないけど、ついつい、中止にしなくても良かったのではないかと思ってしまう。こんな事はよくある話であり、珍しい話でもない。全ては結果論であり、もしも、中止にしなかったとして、けが人や死者が出るような大惨事になったかもしれない!決断者のリスクがここにある。(9/16)
- ほけん工房という保険ショップはどんな特長があるのかを一文で書くとしたら「各保険商品等の善いところを集めて選んで組み合わせて創る高品質オリジナルデザインを提供するセンスが光る保険ショップ」である。早速、この一文を解説したい。まずは、善い、創るという文字を使ったのは間違いではない。その文字が持つ意味が弊社らしさを出しているからである。また、弊社の経営理念は「善い商品を創る」であり理念に沿った保険ショップである事を表している。保険商品で補えない場合にはそれ以外を利用する事もあるので保険商品等としている。多くの人は複数の商品を取り揃えている保険ショップの魅力を豊富な品揃えからベストな商品を選べる事だと思われているのではないだろうか?それも、間違っていないけど、そもそも、その商品を選ぶのは素人であるお客様では難しいし、プロと呼ばれている人であっても私が認める水準の人はほとんどいない。弊社では保険商品を材料の一部だと捉えて、研ぎ澄まされた感覚で数多くある材料の中から善い材料を選び抜き、それらを組合せてデザインしていくのだ!まだまだ、下記足りないが続きはまたの機会に書く事にする。(9/13)
- 「何がこの店に足りないのだろう?」こんな事を考えながら今日は1時間以上、店舗を外から眺めていた。店の前を歩く人が当店を意識しているのかどうかというと店舗の雰囲気がよくてペッパーもいるので指を指して笑って眺められている人も多い。特に子供達にとても人気がある。それを見ながら、この店の存在はお客様に限らず誰かの為になっているものなのだな~と思い、ちょっと良い事をしている気分になった。最近の私は誰かに与える力があまり残ってなくて、自分自身の存在価値が弱っていると感じていた中、こうして、店舗だけでも誰かに何かを与え続けてくれているとするると嬉しい。私自身も自社ビルを見ながら、少し良いものを与えられた様な気がした。あの時の元気をこのビルに貯めておいたのかもしれない。運とか元気というのは、使い果たさずに後々の為に少し残しておいた方がよいのかもしれない。イメージ的にはヘソクリ?実際にそんな事が出来るのかわからないが、作品とか物とか人とか自分以外の何かに貯めておける様な気がする。運と元気の保険をかけておこう。(9/9)
- 最近、私の能力が低下していると感じている。まずは、体型が太り気味になってきた事である。その原因とも言える食生活では深夜のラーメンが多く、フィットネスジムに行ってはいるものの以前よりも手を抜いている。椅子に座っていても背筋が伸びていない。いつの間にか、新聞やニュースもあまり見なくなったり、ボーっとしていたり等だらしなくなっていた。自社ビル建築とカフェ事業を始めた事や人の管理に追われた為、自分自身に目が向けられなくなった事が原因のひとつだと考えられる。昨年の夏から祝祭日以外休みなく出勤、そして、会社から離れられない状況になり東京や大阪への出張に行けなくなり、そして、偶然にフィットネスジム仲間が少なくなり、情報収集や刺激が無くなってしまった。今こそ、アイデアが必要な時期に、私の頭が働いてくれなくて焦っている。昨日、「最近、私は馬鹿になったんですよね~」と人に話をした際に、よいアドバイスを受けて、私への良い影響力がある人と話す事が少なくなったからではないかと仮説を立てる事が出来た。前回のコラムにも関連しているが、与えられる側でも与える側でもなく、奪われる側になっている事が多くなっているのではないだろうか?(9/6)
- 人から喜ばされたい!そして、人に喜んでもらいたい。私は人と関わる上でこういう欲求を持っている。年をとっていくうちに思うのは、人から喜ばされる事が随分と少なくなった事。喜ばされていると感じなくなったのかもしれないが、子供の頃の様にお年玉やプレゼントやその他何かをいただけなくなったのも事実である。対価を支払って、はじめて、人から喜ばされる可能性がある。それに、対価を支払っても喜ばせていただけない事もある。虚しくなってくるのは、私自身を喜ばせたいと思う人がいたとしても、純粋なものではなく見返りあっての事。いつの間にか、私を喜ばせたいと思ってくれる人がいなくなっていく事に気付いた時には、人に喜んでもらう事で幸せを感じる方が多くなっていた。喜んでもらっているならば、まだいいけど、迷惑をかけているのではないかと不安になっている。そもそも、誰かに期待をする事が間違いなのかもしれないが、どうしても、私は人とそういう関係でいたいと思うのだ。私自身が無感情になり、人に期待をせず関わらず生きていくことを幸せだとは思えない。その方がローリスクローリターンなので致命傷を追わないのかもしれないと思い人は老いるのか...。(9/1)
-
2017年8月
-
2017年7月
-
2017年6月
-
2017年5月
-
2017年4月
-
2017年3月
-
2017年2月
-
2017年1月
-
2016年12月
-
2016年11月
-
2016年10月
-
2016年9月
-
2016年8月
-
2016年7月
-
2016年6月
-
2016年5月
-
2016年4月
-
2016年3月
-
2016年2月
-
2016年1月
-
2015年12月
-
2015年11月
-
2015年10月
-
2015年9月
-
2015年8月
-
2015年7月
-
2015年6月
-
2015年5月
-
2015年4月
-
2015年3月
-
2015年2月
-
2015年1月
-
2014年12月
-
2014年11月
-
2014年10月
-
2014年9月
-
2014年8月
-
2014年7月
-
2014年6月
-
2014年5月
-
2014年4月
-
2014年3月
-
2014年2月
-
2014年1月
-
2013年12月
-
2013年11月
-
2013年10月
-
2013年9月
-
2013年8月
-
2013年7月
-
2013年6月
-
2013年5月
-
2013年4月
-
2013年3月
-
2013年2月
-
2013年1月
-
2012年12月
-
2012年11月
-
2012年10月
-
2012年9月
-
2012年8月
-
2012年7月
-
2012年6月
-
2012年5月
-
2012年4月
-
2012年3月
-
2012年2月
-
2012年1月
-
2011年12月
-
2011年11月
-
2011年10月
-
2011年9月
-
2011年8月
-
2011年7月
-
2011年6月
-
2011年5月
-
2011年4月
-
2011年3月
-
2011年2月
-
2011年1月
-
2010年12月
-
2010年11月
-
2010年10月
-
2010年9月
-
2010年8月
-
2010年7月
-
2010年6月
-
2010年5月
-
2010年4月
-
2010年3月
-
2010年2月
-
2010年1月
-
2009年10月~12月
-
2009年7月~9月
-
2009年4月~6月
-
2009年1月~3月
-
2008年
-
2007年
-
2006年